メタル、音楽、日々のこと。

メタル、音楽、日々のこと。

文章で音楽は伝わらないと思うのでとにかく音源を貼るブログです。自分の躁鬱のことなど、余計なことも記しております苦笑

「求めよ、さらば与えられん」は真理ではないか。

最近、「求めよ、さらば与えられん」というのが
真理ではないかと思い始めている。


元々は聖書の言葉らしい。

〔マタイ福音書七章〕

信仰の主体的決断を説いたイエスの言葉。
転じて、与えられるのを待つのではなく、
何事にも自分から求める積極的な姿勢が必要であることにいう。
コトバンクより



真理ではないか?と思い始めたのは、
自分の願望の100%同じとは言わないまでも、
60〜70%くらいは同じ内容が自分の身に
起こっているのではないか、
と思えてきたからだ。


つぶれないようになって来たこと

何かを教えてもらいたいと思ったら、
それを教えてくれる人に出会えること

話し相手が欲しいと思ってたところ、
近くにいた人が、話してみたら
実はめっちゃ話せる人だと判明したこと

メンヘラ、30代のバイト、
しかもこの3〜4年は仕事が
長続きしないような男でも彼女ができたこと

といった感じ。


まだまだ細かいことは沢山ある。



良くも悪くも、彼女できた話が目を引くことと思いますので(違ったらすみません)、その話をしていきます。


今までだって「彼女ほしい」と思ってなかった訳じゃないんです。


けど、どう思ってたかと言うと、
「いいなと思う女性がいても、話が長続きしないし、
それじゃあ遊びに誘えないよなぁ…⤵」
「ましてや、遊びに行く候補だって思いつく訳じゃない…。」
「そんな自分に合わせてくれる女性なんていないよなぁ…」
などと THE・ネガティブなことばかりを考えていた…。

そもそも30代にもなってバイトで、
しかも仕事の長続きしない男なんてダメだよなぁ…
とさらに輪をかけてネガティブな事が頭にあった。


でも、ある時、友達と話していた時に思ったのです。


「この友達とは何時間でも話してられるぞ、
そういう彼女がほしいなぁ」

「それにメタルだろうと何だろうと音楽の話もできるし、
バカな妄想話もできる」


その後も別の状況でも色々と思った。

「そんな彼女が欲しいと思ったところで、
それを無理だと思う必要はないな」

「いっぱい稼いで家を買って…
という今まで通りの普通なんかよりも、
買い物とか日常生活を楽しめる相手がいいなぁ。
こうやったらいいかも、と一緒にやれる人がいいなぁ」


他にも
パートナーと言えるような人がいいなぁ。

とか、

お姉さんぽい要素がある人がいいなぁ、とか
色々と思ったし、それも無理だと思う必要はないと感じました。

ここではあくまで「無理じゃない」と思っただけで、
「絶対にできる」と思った訳でもないのです。


それから数カ月後に、
とある女性と少し仲良くなり、つき合い始めました。


ちなみに、女性経験は今の彼女で二人目です。
(え?そんなこと聞いてないって?)





この話で大事だと思うところが2つある。


1つ目は

心のどこかで【無理】だと思っていることは無理だろう

ということ。


尾田栄一郎先生がワンピースの32巻冒頭で記している。


「この世は思った通りになるのだそうで。
思った通りにならないよ、
と思っている人が思った通りにならなかった場合、
思った通りになっているので、
やっぱりそれは思った通りになっているのだそうで。」


なので、やっぱり「無理だろ」とか、
「難しい」と思う必要はないんだろうなぁ、と。


自分の場合は、
「無理と勝手に思ってしまっている自分の頭」が
不自然に思えたから、そう思った。

ネガティブな事が頭をよぎった時に、
ひとつひとつ「本等にそうか??」と思うことが
「無理」と思わない第一歩かもしれない。


他には
自分のやりたいこと、願いを全て書き出してみたら
見えてくるかもしれない。

これは文字通りに思いつく限りの全てをやったほうがいい。
「幸せになりたい」というくらいアバウトな事から、
「美味しいラーメン食べたい!」、
「あのカフェにもう一回行きたい」
という具体的なこと(小さいこと?)まで全て。

それらを並べてみると、どの願いが強いものなのか、
どれが後回しにしてもいいものなのか、色々なことが見えてきた。



もう一つ大事なのは、
具体的で、かつ腑に落ちたかどうか

それは別の言葉で言えば「ピンときた」とか、
「これだ!!」と思えた、ということかもしれない。

さっき出てきた「ラーメン食べたい」という思いは
腑に落ちてない人はいないと思う。

だったらあとは、
どこのラーメン屋に行くか決めて、食べに行くだけだ。

今は言葉で記しているが、
これは映像として頭の中に思い描いてもいいだろうし、
絵とか写真といった感じの静止画でもいいだろう。

人によっては音とか、色で腑に落ちる人もいたりするのだろう。




ここに記したことは「高望み」と見えてる人もいるだろう。

本当の高望みは
「美人でお金持ちと付き合いたい」
「尽くしてくれる人がいい」
ということだと思う。


それは何故か?

「美人」というのも、

「お金持ち」というのも、

「尽くしてくれる」のも、

全然、具体的じゃないから
腑に落ちない(ピンとこない)のではないか、と思うからだ。


お金持ちの人のもとならば
大抵の物は、何でも手に入る、とか、
お金があれば何かあっても安心とか、
曖昧な部分を多く含むから
実現しない「高望み」になるのではないか。

だったら、
「やりたいことは〇〇で、
その為には□□円くらいは必要で、
それを許してくれる人がいい」
と思えたほうが、まだ具体的だろう。

「尽くしてくれる」ほうも、何をして尽くしてもらうのか?、
一方的に尽くしてもらえるのだろうか?とか、ツッコミどころ満載だ。

だが、ツッコミが入れられるのなら、
それで望みは具体的にできるだろう。


他にも、
芸能人とつき合いたい!!
と考えたことがある人はそれなりにいそうだと思うが、
それもやはり「高望み」になるだろう。


それは能力とか、外見がとか、
住む世界が違うから、という理由ではない。


芸能人のことはテレビで見ることができる一部分しか知らないから、
いくら望んだところで虚像相手の望みにしかなり得ないだろう。
ハッキリしているのは外見だけだ。

本当はテレビで見ている「芸能人その人」ではなく
「良いと思った部分」が望みにつながるのだと思う。




自分も、与えられているものは、
当たらずとも遠からずな感じのことばかりではある。

でも、
その当たらずとも遠からずな内容を手にできるのは、
具体的に求めているからだと思うのです。

だったら、
色々なことを具体的に望んで言ったほうが良いに決まっている。


自分の求めていることはまだまだありそうな気がする。