メタル、音楽、日々のこと。

なんとか生きている人と音楽

鬱から完全復帰すべく、頭と気持ちの整理の為にも色々書いてたりします。あと時々音楽の話。

悩むことが多い人は実は考えるのが得意になり得るのではないか。

 

 しばらく余計なアウトプットばかり書いていたら、実はできるようになってるんじゃね!?と思ったことがあったので書いてみます。

 最近は調子が良い状態も長いけど、年1くらいではクラッシュしてます😅

実はこないだも12月に2週間ほど休んでしまいました。

職場の人もむしろ心配してくれるので本当にありがたいのですが、申し訳なさがあったり、やっぱりダメだなと思ったりします。

 

 でも、気づいたんです。

鬱のひどい時以外は深刻に悩んでないかもしれない、と。

前だったら、多少体調が良くなったところでこれから生活していけるのか?とかなんとかネガティブに引っ張られて色々と悩んだ気がするのに、ですww

 

 それはたぶん、この数年でインプットしながら考える習慣ができたから変わってこれたのだと思ってます。

 

 悩みが苦しいのはどうしたら上手くいくのか?が分からないからなのだけど、もっと根本を見てみると、自分の中、もしくは近くに解決策が見つけられないから困るのだと思います。

当然と言えば当然で、今までの経験や知識で何とかなってるのなら悩まないんですよね笑

なら、自分以外で、かつ、少し距離のあるものに答えを求めるしかない。

病院の先生からだけじゃなくて、本やネット、YouTubeなどからインプットをする。

自分に無かったものを取り入れないと、結局は堂々めぐりにしかならなくて、さらに落ち込むことになってしまう

これがマジで辛いんです…(´ω`)

 

 でも、

知れば考えられる。

それに試してみることもできる。

正直なところ、ハッキリとこれが答えだ!と言えそうなものにたどり着くことは稀なんですけどね笑

 

 だから、探すのはヒントとか、使えるんじゃないか?と思えるようなこと、次の一手になりそうなこと。

 これを続けていたら、悩みの解決という大きくて遠い目標みたいなものから、今日よりも明日とか遅くとも1週間後くらいには何らかの変化があって1.01倍くらいになってる状態を想像できるようになった。

自力で分からなかったら外を頼れば良いだけだったから。

 

 実はこの1.01倍というのは侮れません。

微々たるものと思いがちですけど、

10回で1.1倍に到達し、

20回後でも1.22倍、

50回後には1.64倍、

100回後には2.73倍にもなってしまう。

1年間、毎日できたとしたらなんと37.8倍!

これはもう完全に別人と言ってもいいくらいですよね?

2.73倍でもそうかもしれません。

 

 そんな1.01倍って、おそらくヒントを1つ見つけるくらいでいいんじゃないでしょうか。

見つけようと少しだけ探してみるだけでもいいかもしれません。

 

 検索サイトを変えたら微妙に違う結果になったりしますし、XTwitter)やInstagramで検索したらまた違う内容が出てきます。

YouTubeポッドキャストでもまた違う結果が出てきますし、文字よりも音声でインプットしたほうが疲れないかもしれません。

僕はけっこうそうでしたw

音声ものは本みたいに堅苦しくないので、多少体調の悪い時でも聞けそうですw

 

 「鬱 対策」みたいに雑な検索で出てきた結果の中からキーワード的なことだったり、これってどういうことだ?と思える点があったら儲けもの。

さらに次の調べ物ができるのですから。

ここまででも何回か1.01倍ができてるかもしれませんね。

どう見ても1回は確実にできているでしょう。

 

 そうこうやってたら、謎を解いてるような感覚になってきました。

自分の場合、考えるのは好きなことのようでして、実は悩むのは向いていることなのかもしれないと思い始めています。

 

 このような発想の転換ができているのも、色々とインプットしたり、現状を観察して把握したり、考えたり、試したりしたからだと思ってます。

 

 僕はけっこう漫画や小説を読んだり、アニメや映画を見たりもするんですけど、物語って話が大きく進むタイミングには登場人物がかなりの確率でインプットしたり、状況把握したり、考えたりしている。

そして閃いたりして次に進めていると思ったんですよね。

特にバトルものの漫画、アニメはそれが顕著だろうと思います。

強敵相手には必ずと言っていいくらいやっている。

戦いながら謎解きもしているのです。

(そこまでは無理w)

 

 

 これは自分の推測に過ぎないのだけど、よく悩む人というのは考えるのが好きとか得意なんじゃないか?とも思います。

現状の正確な把握と適切な思考方法があれば、実は無敵でどんどん謎を解いて進んでいけるのではないかとさえ思います。

言い過ぎですかね?

 

 まず、その現状の正確な把握が難しいのですが…

僕の場合、適応障害とか鬱などと診断された時には、ものすごく屈辱感があったというか…ww

 でも、なけなしの貯金も尽きてきたり30過ぎてから親を頼らざるを得ない、など四の五の言ってられなくなってきたら把握せざるを得なくなってきましたし、色々とやってみたら、何かがおかしいと感じる時が来るので、それからでも現状把握は悪くない気はします。

 ここで間違った人を頼ると、同年代の現状(ちゃんと働いてたり、結婚子育てしてることなど)や、いわゆる社会の常識に引っ張られてしまい自分の状況の把握につながらない。

これが1番恐ろしいと思うので、なるようになるくらいが適切なのでは?と思っています。

アバウトでなんですが。

 

 

 続いて、適切な思考方法にするのにできることは2つありそうです。

 

1つは視点を変えて考える

もう1つは思考方法そのものを普段とは違うものにしてみる

 

 視点を変えて考えるのは例えば、自分と同じ状況だったら他の人はどのように見るだろうか?と見てみること。

ここで自分の頭だけでイメージを膨らませて考えてしまうとドツボにハマはことが多いと思います😅

なので、例えば上記にあるバトルものの漫画やアニメのようにやってみるとか、一連の流れに沿ってできると最高なんじゃないかと。

あとは、悩んでる自分の相手をしてあげるとしたら何と伝えるか、質問するか、なども良いかもしれません。

仲のいい人が悩んでいたとしたら、どう間違っても罵声を浴びせたりしませんよね?

正論もあまり言わないんじゃないでしょうか?

でも、自分に対しては簡単にやってしまいがちなんです。

悩みの多い人って、意外と自分に厳しいと思います。

少しくらい辛いことを認めてあげましょうよw

(昔の自分にとっては難しそうですけどww)

 

 思考そのものを変えるほうは少し難しいかもしれません。

とはいえ、自分の頭の中で繋がっていることを疑えばいいだけです。

例えば、こういう時は〇〇するべきと頭の中で思っていたとしたら、それを疑っていく訳です。

本当にそうなのか?というイエス・ノーで答えられてしまうような質問は不適切かもしれません。

すぐに終了してしまいますからw

 

他に選択肢はないのか?

そうしなかったらどうなるか?

 

と考えるのも大事ですし、

 

他の選択肢を選んだ人はいないのか?

 

と疑問を持てれば、調べてみることにも繋がりそうです。

調べることに繋げられると自分以外の知恵を借りられる可能性が増えるので、ヒントを得やすくなると思いませんか?

 

 

場所が変われば感じることが変わったりするので、ある時にふと疑問が出てくる時があったりしました。

ん?ちょっと待てよ?〇〇ってこういう見方もできるんじゃね!?と。

この便利なご時世ですから、スマホにメモしたっていいじゃないですか。

そして後から調べてもいいんです。

 

 悩みごとって、頻繁に頭をよぎったりしますけど、これは逆にチャンスでもあるはずです。

 

 僕は鬱と診断されはしましたが、途中からは鬱の対策ばかり考えていてもどうせ無理なんじゃないか?と諦めモードになった事もありました。

けど、野球のイチロー選手のインタビューをたまたま見た時に彼みたいに一流の人間は鬱にはならないんじゃないか?と思い、そういう人がスランプになったらどうする?スランプにならないように対策してたりするのか?と気になってきて、謎解きモードが再開できました。

 

 しばらく調べたり、周りのつぶれない人を見ていて分かったことは、悪いことを必要以上には見ないように意識的に目を逸らしているのだ、ということ。

失恋した時にあえて仕事や勉強に打ち込むみたいな話でした。

人に指摘された欠点で、かつ、自分でもその通りと思ったことは解決しないと先に進めないかのように思っていた当時の僕からしたら、目を逸らしてもいいんだ!?という衝撃すらありましたねw

そういう人たちは自分の欠点を直そうとするよりも、目標達成に重きを置いてそうでもありました。

欠点があったままでも目標はクリアできる、というのも当時の僕にとっては衝撃的なことでしたw

なので、メンタルを病まないというのは、その人が強いからとか、向いてる仕事だからとかじゃなくて、エネルギーをどこに注ぐかの違いなんだな、などとも思った訳です。

マインドフルネス的とも言えそうです。

意識がそれてしまったら、それたことを自覚して戻す、これを繰り返すのがマインドフルネスの基本だったと思いますから。

(とんでもなく雑な言い方ですけど)

 

 

 

 そんな感じで自分以外の外の世界にはヒントがたくさん転がってるんだなぁと思うようになりました。

 

 この数年間、3歩進んで2歩下がるようなことをしてきた訳ですが(時には20歩くらい下がった気もしますが)、おかげさまで鬱になりたての頃みたいな、この世の終わりかのような絶望感はだいぶ無くなりましたね笑

時間はかかりましたが、必要な時間だったのではないかと思います。

いや、そう思いたいだけかもしれませんw

もう少し早く気づけたら良かったのに、と思ってる部分もありますがww

 

 結局、悩みというのは意味があったかどうかは分かりません。

が、何かのきっかけにすることはできる気がしてきてますし、考えるというのは悩むのとは似て非なるもの、と分かったのは大きかったと思ってます。

 加えて、後からでも変えていけるスキルのようですし。

 

 

 

最後まで読んで頂きありがとうございます♪